#01 妖樹(ガジュマル)―南島の隣人

#01 妖樹(ガジュマル)―南島の隣人The mystic tree, “Gajumaru” - the neighbor of the southern islands.

手元にロープがあるとする。真っ直ぐ伸ばしてみる。次にS字を描くようにくねらせて曲線にしてみる。とたん、ロープが生きているように見えてくる。ヘビのように不気味で畏怖が生じたりする。直線から曲線になっただけで「生命」を覚える。私たちの回路には代々、曲線に対し、直線とは異なる感情を抱くように組み込まれているようだ。直線的な針葉樹と曲線を描く広葉樹にも似たような情感を抱く。 ガジュマルという木がある。枝も根も曲線を描き、うねりくねりを繰り返しながら成長する。そのうごめきは、人々の暮らしに最も密着し、自然界と人間の暮らしをつなぐ。一体、どんな役割を担っているのか。主なものを挙げてみる。There is a tree known as the Gajumaru.
Its branches and roots twist and turn as they grow.
The Gajumaru is a part of everyday life and keeps the harmony between nature and humans.
What role does this tree play?
  • 学校のシンボルA school symbol

    沖永良部島和泊町の国頭小学校。校庭に町木のガジュマルが大きな傘を広げる。枝振りは直径22メートル。幹回り6メートル。いつしか人々は「日本一のガジュマル」と呼ぶようになった。1898(明治31)年、同校の第1回卒業生が植樹、学校の敷地拡張工事で撤去される危機を乗り越えて今年で樹齢115年。支根の代わりに約30本の棒が横に伸びた枝葉を支える。
    同校の校章のデザインになっているほか、教訓「ガジュマルのごとくたくましく、うつくしく」にもなっている。木陰は涼しく緑陰読書の場に。1989(平成元)年から創立記念行事として毎年「ガジュマル祭り」が開かれ、「緑のテント」の下で郷土芸能や子どもたちの発表会、各種演奏会が開かれている。卒業生らが堆肥を施し、大切に保護している。1990(平成2)年「新日本の名木100選」(読売新聞社)。
    One Gajumaru is a huge umbrella in an elementary school yard.
    It spreads out twenty-two meters in diameter.
    People call it “The greatest Gajumaru in Japan”.
    The first graduating class planted in 1898 and it is now a hundred and fifteen years old.
    It is the design of the school seal.
    Even the school precept is “To be both strong and beautiful like the Gajumaru”.
    Its shade is cool and is a pleasant spot for reading.
    The “Gajumaru Festival” started in 1989 and has been held every year since.
  • 緑の雨傘A green umbrella

    ガジュマルは広げた太い枝を支えるため、ひげのような気根を地面に向かって垂らす。着地した気根の一部は成長し、杖となって枝を支える。支柱根という。地面に着地せず、途中で中ぶらりんしている気根は、雨が降るとホースのように水を垂らすため、その下に容器を置けば雨水を溜めることができる。
    山に恵まれず、川の少ない平坦な島々は毎年、干ばつに見舞われる。わずかな雨でも貴重。そこで人々はこんな工夫をした。ススキを切って来て、木の幹に巻き付け、根の部分をホースのように突き出す。その下に貯水用のバケツなどを置く。すると幹を伝って流れた雨水はススキから貯水器に直接注がれ、無駄なく雨水をためることができる。ガシュマルは緑の傘が大きいため、雨水の受け皿として最適の木だった。
    From the thick branches of the Gajumaru are aerial roots hanging down towards the ground like a beard.
    These aerial roots pour water when it rains.
    The rainwater can then be collected by placing a container below the roots.
    These flat islands, which are not blessed with mountains, experience droughts every year.
    Even the slightest bit of rain is precious.
  • 緑の日傘A green parasol

    ガジュマルの下にはベンチが置かれ、ブランコが下がっていたりする。日差しの強い南の島々にとって、ガジュマルは大きな緑の日傘だ。針葉樹と違い、木登りにも適している。子どもたちははるかな時代に樹上生活をしていた先祖の伝承を再現するかのように、ガジュマルに登って遊ぶ。木登りする子どもの表情と海に遊ぶ子どもの表情には、ピリッとした無心の〝切れ〟が閃く。Below the Gajumaru sits a bench and a swing that hangs from a branch.
    The Gajumaru serves as a huge green parasol to the southern islands, where the sunshine is strong.
  • ケンムンの宿Home to the Kenmun

    奄美大島の集落。70代の男性とこんな話をしたことがある。「ほら、あそこにガジュマルが見えるじゃろう。昔からケンムン(妖怪)が棲んでいるといわれてね、シマでは〝ケンムンガジュマル〟と言っている。だれも近づかないが、ガジュマルの根っこにはケンムンの食べた貝殻があるそうだ」「見たいですね、連れて行ってくれませんか」「ははは、あそこは人間の行くところではないよ」。
    80代の漁師はこんな話をしてくれた。「夜、親父に連れられてガジュマルの近くを通ったら赤い顔をした足の長いものが2ついた。家に帰り、あれはケンムンか、と親父に聞いたら、黙ってうなずいたよ」。また別の男性(80)は「復帰運動中もガジュマルのそばを通る時はケンムンがいるような気がして怖かったね」と話した。
    島の先輩方にとってガジュマルとケンムンはセットのようだ。大野隼夫著「奄美の四季と植物考」はこう述べる。「今は下火になったが、昔は夕涼みの集いや冬の炉辺でケンムンについての話題は多かった。海に山に変幻自在に現れ、しばしば人にも災厄をもたらすというケンムンの話を、まことしやかに語る古老たちの表情には真に迫るものがあり、子どもたちは怖さ半分、面白さ半分に聞き入ったものである」。
    ケンムンの棲み家と言い伝えられた植物がアコウとガジュマル。大野さんは「妖樹という表現はどんなだろう」と書いている。ガジュマルの漢名「榕樹」をもじったものだが、「ケンモンギ」と呼ぶ地域もあるほどだから違和感はない。
    神話には、いたずらをしたり、恐れられたりする存在が登場する。トリックスターと呼ばれる。人知を超えたものが居ることによって人々は畏怖を抱き、謙虚になり、自然や他者へ配慮する内面を育む。ケンムンはカッパのような姿をしているとされるが、姿はさまざま。火の玉のように光ったりもする。人を惑わせ、相撲を取るのが好き、という説もある。出没談は夜間に多い。アマミノクロウサギのように夜行性なのか。闇が生きていた時代の産物なのか、最近は目撃談が聞かれない。沖縄にはキジムナーという同様の妖怪がいる。
    余談だが、筆者は30数年前、耳の動く人とケンムンにお目にかかりたくて、目撃談があるとストロボ付きのカメラを手に現場に急行した。耳の動く人は実物に会えたが、ケンムンにはついに会えなかった。噂のあるアコウの木やガジュマルにも夜討ちをかけたが、姿はおろか、においも、声も、気配もなかった。何年か経って気付いたのは、ケンムンはカメラなどを持って追いかける存在ではない、という己の浅はかさ。
    連戦連敗の末に得た結論は、「ケンムンはその人の中に住んでいる」ということ。そして「自身の中にケンムンを養うことのできる人は、自然に対し謙虚で物語や伝承の力を理解できる豊かな人ではないだろうか」ということ。仮にケンムンがいなかったら、奄美の暮らしや子育て、自然への配慮はどうなっていたか。そのことを思うとケンムンとガジュマルの存在価値はおのずと理解できる。
    This is a conversation I had with a man in his seventies.
    “Look. You can see a Gajumaru over there.
    For ages, it has been said that the Kenmun (a mythical creature) lives there, and so it is called the ‘Kenmun Gajumaru’.
    We hear that at the roots are remains of sea shells that the Kenmun has eaten.”
    “I’d like to see that. Can you take me there?”
    “Ha ha ha. That’s no place for humans.”
    According to myth, there are those that like to play pranks and are feared.
    They are known as tricksters.
    They make people awestruck and humble because there are also those that possess capabilities that are beyond human understanding.
    They foster the spirit of consideration for nature and other people.
    “The Kenmun lives inside people with this spirit.”
  • 古墓を守るA protector of graves

    トゥール墓(旧笠利町城間、伊仙町中山)やノロ墓(同町喜瀬)など古い墓地にはガジュマルがそびえ、強風から墓を守っている。夜は異様な姿を反映して畏怖の対象となり、人を近づけない。そのことで墓荒らしなどを防ぐ。The Gajumaru stands at old gravesites and protects the graves from strong wind.
    It has a bizarre appearance at night and drives people away.
  • のりの代用A glue substitute

    ガジュマルの樹液は白く、ねばねばしている。物不足のころ、人々はのりの代用品として、封筒の閉じしろなどに塗り、投函した。The sap of the Gajumaru is white and sticky.
    It once served as the main form of glue.
  • スプーン代わりA spoon substitute

    島の人々は先祖を敬う。日々、水の初を上げ、線香を立てて拝む。島によっては先祖の供え物に、よくといだ米を湯飲み茶碗に入れて供える。その際、スプーン代わりにガジュマルの葉先を2㍉ほど折って、添えた。先祖の神様は、米をガジュマルの葉ですくってお召し上がりになる、という考えである。The islanders respect their ancestors.
    They laid down Gajumaru leaf tips as substitutes for spoons to go along with their offerings.
    It is believed that the ancestors use these leaves as spoons.
  • 飼料・堆肥Feed / compost

    ガジュマルの枝葉は牛の好物。また、その枯れ葉は堆肥として活用され、農作物を育てた。春から秋にかけてつけるイチジク状の実は野鳥のえさになる。Cows love to eat the branches and leaves of the Gajumaru.
    The dead leaves are used as compost for growing agricultural crops.
  • 路傍植栽Roadside plants

    大野隼夫さんは31年前に出した著書「奄美の四季と植物考」で「「路傍植栽にも絶好の樹種であり、ふるさとの樹木としてガシュマルの並木道でもつくれば、南の島のイメージに大いに役立つことだろう」と述べている。実際、喜界島ではガジュマルを道路沿いに植えていて、南国情緒を醸し出している。The Gajumaru is also part of a tree species that makes it the perfect roadside plant.
    If a tree-lined road were created, it would be of great help in improving the southern island image.
    In fact, Gajumaru trees are planted along the road on Kikai Island.
  • 屋敷林Homestead woodlands

    ガジュマルの材質は粘り強いため防風林に適している。さらに、絡みつく根の特徴を生かし、サンゴの石垣を抱かせると石垣を巻き込み、がっちり締めつける。石垣は強度を増し、崩れにくくなる。ガジュマル自身も石垣や岩を抱えることで倒れにくくなる。ガジュマルとサンゴの石垣(岩)はお互いつながることによって相乗効果を上げている。

    かんかん照りの日も、雨の日も、強風の時も役に立ち、昼も夜も、日常も非日常も存在感のあるガジュマル。まさに万能樹である。自然と人間をつなぎ、共生の大切さを暮らしの中で自然な形で身につけることができる「生きた教材」でもある。賢明な読者は既にお気付きと思うが、ガジュマルを巡礼することは、自然から大切な一つのメッセージを頂くことを意味している。ガジュマルはサンゴの石垣とつながることで壁としての強さを増し、ケンムンとつながって人々に「怖い存在」を抱かせ、人々が粗野になったり横暴になることに警鐘を鳴らした。「つながる」ことで相乗効果を生んだり、新たな力を生み出してきた。つまり、ガジュマルは「つなぐ」ことの大切さを示しているのである。
    こうした「つながり、結び合う風景」は島々のそこここにある。例えば海と森、昼と夜、伝統行事と食…。すべてつながり合っている。これは奄美のすべてに共通する。「万物はつながり合って存在している」。これがこのシリーズを流れる地下水だ。

    ガジュマル: クワ科、イチジク属の常緑高木。種子・屋久から奄美・沖縄、台湾、熱帯アジア、オーストラリアに分布する広域熱帯樹。奄美では同属のアコウと共にケンムン(妖怪)の棲み家とされる。漢名は榕樹。異様さとケンムンの棲み家をイメージし、「妖樹」という表現もある。方言はガジュマル・ガヅマル・ガジマルのほか、ケモンギ(龍郷・名瀬)、ヨージュ(大和)、アマボーイ(宇検)、ウシク(徳之島)、カトゥマル(瀬戸内)など。
    Gajumaru trees make excellent windbreak forests.
    If the coiling roots are allowed to wrap up a stone wall of coral, it will have a firm grasp.
    The stone wall becomes solid and unyielding.
    By grasping stone, the Gajumaru also becomes sturdy.

    By firmly grasping the wall, the Gajumaru makes it stronger.
    It becomes suggestive of a fearful figure to the people when associated with the Kenmun, and warns people about becoming discourteous or tyrannical.
    By “connecting”, it has created a synergetic effect and a renewed force.
    The Gajumaru presents to us the importance of “connecting”.

    Sceneries of connecting and intertwining can be found all over the island.
    This is common all throughout Amami.
    “All things are connected and exist in harmony.” - That is the groundwater that flows through this series.