#03 神の石 ― 島人の内面鏡

#03 神の石 ― 島人の内面鏡

イビガナシ、グンギン
シマの守り神は簡素な自然石

大小さまざまな石がある。さまざまな色や形をした石がある。鉱物資源になったり、見向きもされなかったり、シンボルになったり。人々の扱い方次第で時には神が宿ったりする。奄美大島南部や加計呂麻島のシマ(集落)を中心にイビガナシやグンギンと呼ばれる石がある。単なる石のようで単なる石ではない。シマの人々にとっては、ある種の神の象徴である。一体、どんな存在なのか。「神の石」を巡礼する。

[ 写真 ] 油井のイビガナシ。旧暦8月15日の豊年踊りではイベガナシの前の土俵周辺で芸能が披露され、子どもから大人まで参加した相撲が繰り広げられる。今年の開催日は9月19日
  • 集落の内と外に守り神

    加計呂麻島諸数。県道に面した剛直な山を登る。細く、ごつごつした獣道のような斜面。ゆっくり10分ほど登ると中腹付近で急に視界が広がる。松林の奥に白砂がまかれ、大小5つの自然石が建つ。香炉や花瓶、コップなどが並ぶ。

    地元の人々はグンギンと呼ぶ。「瀬戸内町誌民俗編」では「グンギン(権現様)」と表記されている。航海安全、火の用心などを祈願する。戦時中は、戦地に向かう兵士の武運長久を祈った場所だ。毎年旧暦9月9日に祭りがある。

    同島の須子茂集落。説明板が立つ。イビガナシについては「島立て神として集落を守っている。65歳以上の女性全員が祭りを行っていた」とし、グンギンについては「秋葉権現で集落を守り続けている火の神。旧暦9月9日に65歳以上の男性が祭りをする」とある。ここでの祭りはイビガナシが女性、グンギンが男性という役割分担になっている。

    瀬戸内町手安。旧陸軍の弾薬庫跡が残る集落。4カ所にグンギンがある。集落の中に白い鳥居を持つアッガナシ、海に向かって右手の森の中にミジャト、同左手の山側にアガレ、奥の方にハービリャ。一つの集落に4カ所もあるのは手安と油井だけだ。旧暦9月9日に祭りがある。

    同町油井。集落の入り口に土俵があり、その奥のデイゴとガジュマルの大木の根元に自然石が祭られている。シマの守り神でイベガナシと呼ばれる。土俵のある空間はミャーと呼ばれる聖域。アコウの老木が3カ所に茂り、かつて神祭りをしたアシャゲを模した小屋も。旧暦8月15日の豊年踊り(県指定無形民俗文化財)は、イベガナシが見守る土俵を中心に行われる。

    与論島の東海岸。赤崎燈台の近くに同島最大の聖地「赤崎(アーサキ)ウガン」がある。こんもりと白砂がまかれ、中央に大人の頭部大の自然石が鎮座する。入り口にユウナの木が茂るが、注意して歩かないと見過ごしてしまう。小さな自然石を祭っただけの質素な空間だが、「島の先住民と最も縁の深い土俗信仰の総本山的聖地」(「与論町誌」)。中世の琉球時代はノロの拝所だった。小さな島の小さな聖地だが、気品が漂う。

    イビガナシは集落内の平地にあるが、グンギンは森の中腹など高い位置にある。急な山道で足場も悪い。ハブも気になる。高齢の住民は高台まで行くことができす、祭り日には麓の入り口で手を合わせるケースも見られる。グンギンの入り口には鳥居が建立されている場合が多い。神社のような役目を担っているようだ。
  • 巡礼型観光の「資源」に

    ハブを気にしつつ、汗をかきつつ、たどり着いたのが、豪壮な建造物ではなく、実にシンプルな自然石。ご神体を象徴する彫り物も、設置した年月日の刻印もない。人工を排し、何ら手を加えることなく、自然のままで設置し、ご神体として崇める。自然石にしてみれば移動して居場所が変わっただけで、「格」が上がったことになる。自然の一員として生き、自然に畏敬の念を抱いてきた先人にとって石であれ、樹であれ、ソテツであれ、神として崇めることはまったく違和感のない自然の流れなのだろう。物言わぬ自然石は島の先人の内面鏡ともいえる。

    余談だが、こうした「神の石」と島人の内面に触れる「巡礼型観光ツアー」を具体化できないか、と考えてみる。巡礼に必要な①難路で時間がかかる。それゆえに達成感も得られる②神聖さ(意味、物語)を秘めている③シンプルだがさまざま形、空間がある(多様性)―など素材は他にない奄美特有のものだ。

    各シマは、過疎・高齢で存続が危ぶまれている。シマ最大の祭りである豊年祭が開催できなかったり、住まいや施設、貴重な文化財の維持管理に支障を来たしているシマもある。奄美の文化はシマを抜きに語れない。島はシマが存在して初めて実りをつける。今、シマの衰退で先人の残した貴重な文化や身の置き方が消え去ろうとしている。果たして、このまま放置していいものだろうか。今あるシマ資源を見直し、活用し、交流人口を増やし、活気を呼び込むべきではないのか。

    まず、町観光協会、商工会、役場、各シマの区長らが集まり、巡礼ツアーの実現へ向けて具体策を練る。目的は環境の保護、シマの存続。巡礼コースや素材を考案する。もてなし、物産販売のメニューも用意する。訪れた人は、各シマで区長から印をもらうようにし、全コース巡礼したら記念品がもらえるようにする。募集は旅行会社や出身者にも働き掛ける。

    シマに「資源」がないわけではない。足元にあるものを資源と認識する新鮮なときめきと、その資源を生かそうとする情熱と実行力が乏しいだけだ。琉球、薩摩の支配、戦争、米軍政下と歴史の重みを下積みになって生きつなぎ、自然の石に手を合わせる内面や独自のコミュニケーション、教訓、唄、言葉を育み、多くの人材を送り出してきた奄美のシマ。そのシマが貴重な資源でないはずがない。

    なお、権現のつく〝神社〟としては今井権現(龍郷町安木屋場)、山間権現(奄美市住用町山間)、塩道の権現(喜界町)、秋葉権現神社(加計呂麻島西阿室)、喜念新田権現(伊仙町)などがある。
  • イビガナシ、グンギン(権現)

    【 イビガナシ 】
    イビ、イベ、シマコスガナシなどと呼ばれる。ガナシは尊称。集落の中の聖域に祭られた自然石。集落の守り神的な存在。奄美大島南部や加計呂麻島に多い。沖縄の「イビ」は御嶽の奥にある最高の聖域。カミの依代とされる。

    【 グンギン(権現) 】
    権現は仏や菩薩が衆生を救うため、仮の姿となって現れること。さまざまな神々と結びつき平安中期後、全国に広がった。熊野権現、箱根権現などはよく知られている。徳川家康を祭った日光の東照権現は有名。その建築は権現造りと呼ばれる。1868年の神仏分離で権現の使用は禁止されたが、民衆の中では根強く残っている。奄美ではほとんど自然石をご神体とする。加計呂麻島の野見山集落のようにソテツをご神体としている例もある。イビガナシが集落の中の平地にあってシマを見守るのに対し、グンギンは集落の外の高台にあって、航海安全や火伏せ(火の用心)などを祈願する場合が多い。旧暦9月9日に祭りがある。戦時中は出兵者の武運長久を祈る場所でもあった。奄美のグンギンは沖縄より多いとされる。